紅茶型録ーTEA Catalogue
この連載ではティーブレンダー 熊崎俊太郎が生み出してきた数多のブレンドティーから気まぐれにひとつを挙げ、そのとき考えていたことともに、ブレンドについてのあれこれを私家版の≪紅茶型録≫としてお伝えしていきます。
フィーユ・ブルー ティーブレンダー:S.Kumazaki
2020.06.19
瑞々しい6月のアジサイをブレンドで表現
2008年に手掛けた特別限定ブレンド「ハイドランジア」の名前は、「水の容器」という意味を持つアジサイの学名に由来している。
このとき、自分に課したハードルは4つ。
テーマに選んだ、アジサイという香りのない花をイメージしたブレンドとするため、①茶葉の見た目と、②対象を連想させる何か、③その印象に違和感無く繋がる美味しさ、というものが必要になる。 加えて可能なら、④そのものに近い素材の採用、であった。
自分が採った手法は、とんでもない手間がかるものだった。
しかし、ある種の面白さと満足感を実作業で得ることができた。
まず、すっきりとした涼味のあるダージリンの春茶(ファーストフラッシュ)を入手し、それをベース茶葉に据え、6 月の空気を思わせるしっとりと瑞々しいブーケのフレバリングを幽かに施すことで③の大半をクリア。
次に①のため赤や紫のローズペタルを目視選別し、目打ちを使って紫陽花の萼に似せて概ね正方形に切り出し整えた。もちろん製品にするのだから、1杯2杯分ではない。時間がかかった。しかしこんな馬鹿げた作業を外注には出せないし、こういう単純作業の達成感というのは意外と大きなものだ。
そして②を狙ってマローブルーを加えたことで、淹れた直後のやや青い液色が時間とともに空気に触れ紅茶色になることに、土壌の ph で花の色が変わるアジサイのイメージを託した。
さらに、アジサイの変種であるアマチャを微量使って、その仄かな甘さも合わせて④を。これで全部の目標を達成した、というわけだ。
付け加えると、こういった場合のベース茶葉を選択する際には、ティーテイスターとしての経験の蓄積が効いてくる。ストレートで美味しいダージリンをコンセプトのために敢えて弄ってしまうため、局所的にはその風味を濁らせることになる。しかし全体としては涼味を印象付けたいので、素材の本質発現は余韻での勝負に持ち込む。一般的な意味での紅茶葉由来の美味しさだけに惑わされず、計画全体を実現できる特性を持った原料か否か、という視点で候補をふるい落とし、絞り込む必要があるのだ。
余談だが、充実感と共にこのブレンドティーを発売し、さあ、これからもクオリティの高い、楽しいことをやるぞ、と意気込んでいたこの年の秋にリーマンショックがやって来て、生産や流通に変動が起こり、あれこれ余計な苦労をさせられるとは……この世の一寸先は、本当にわからない。
【ファーストフラッシュダージリン】を使ったブレンドレシピは他にも色々あるが、それはまたの機会に。
ティーブレンダー 熊崎俊太郎
プロフィール、活動情報については
こちらをご覧ください。