旅と紅茶
どこかを旅するとき、カフェがあるとなぜかほっとするもの。旅先で疲れた体を休めるように、座って窓の外を見ながら一息つく。そんなときの友は珈琲が一般的かもしれないが、紅茶も各地の味があって良いものである。実は世界でいちばん飲まれている飲料は紅茶であることはあまり知られていない。紅茶の飲み方は、地域によって様々であるが、その地域地域で出会った紅茶を旅とともに愉しむ。そんな旅と紅茶にまつわる話をお伝えしていきます。
フィーユ・ブルーディレクター:Y.WATABE
2017.10.03
初めて訪れたのは、30年以上も前のこと。しかし他の都市と違って、少しも印象が変わらない街、パリ。何かにつけ、日本とフランスは結びつく。仕事、ファッション、アート、グルメ、ワインetc。普段の生活感覚で言えば、最も身近で解りやすい国ではないだろうか。私自身、何度もたどり着いてしまう街である。フランスのブランドや映画の仕事をしていたこともあり、必然的に訪問も多くなるが、いまだにフランス語は慣れない。
パリは冬が良い。タイミング的に訪問が冬になることが多いのだが、景色も食事も、街に漂う匂いすら冬が良い。いろいろ着込むことになるから、街の人々も俄然おしゃれになる。夏のセーヌ川沿いの人々のにぎわいも見ていてほほ笑ましいものだが、冬の街のきれいさは格別である。
アジアやヨーロッパの他の国、街は21世紀に入ってからの変わりようは映画を見るかのように流れるような時の動きを感じる。それだけにパリは昔も今も訪れるとホッとする街である。過ごし方としては、正月に無料となる美術館をのんびり散策し、疲れたらカフェで休み、高級ブティックを冷かしながら、夜は星付きレストランでディナーというのは、ちょっと贅沢であろうか。庶民は、最後は何でもカフェで憩うのが、食事にしろ、飲むにしろ、時間を潰すにしても正解であろう。日本からの訪問者は、とにかく街を歩いて高級ブティックを眺めているだけでも楽しい街である。
さて、カフェといえば、エスプレッソが定番であるが、パリの人たちも紅茶に目覚めたのか、数年前からパリのフランス人の友人宅に招かれると、紅茶でおもてなしというパターンが増えてきた。確かに最近に街を歩いていると紅茶のブティックが少しずつ出来ているようで、よく見かける。特に多いのが昔から知っていたブランドであり、確か昔はロシアのブランドであった「クスミティー」というブランドであるが、パリっ子達は、この薫り高い紅茶がお好きなようである。近ごろ珈琲ブティックが増殖して、嘆かわしい(失礼!)ティールームが減りつつあるロンドンと比べると正反対の動きがパリでは起こっている。
パリでは以前から、ホテルなどのラウンジでアフタヌーンティーを楽しむ際、豪華なフランス菓子のお供に出てくる紅茶には、ある特徴がある。その紅茶はフレーバーの香りが高く、紅茶の味はどちらかというとあっさりしているものが多い。ケーキやペストリー類は元来、お得意のフランスである、美味しくないわけない。洗練され、それでいて、見た目が華やかで美しいスイーツである。見た目だけでいうならば、これ以上完璧なものはないほどの洗練されたスタイルでアフタヌーティーセットがセッティングされる。個人的にはそれを日本やイギリスのように、しっかりした紅茶でも合わせてマリアージュを楽しみたいところだが、パリでは望むべくもない。市内のパラスホテルクラスのホテルでは、それぞれアフタヌーンティーを競っているが、紅茶に関しては同じ傾向にある。
ワイン然り、コニャック然り、フランス人たちは飲みものを味わいやのど越しよりも香りを好むのではないかと思う。日本で飲む紅茶で感じる個性やテロワールはパリでは、味ではなく香りで感じる類いのものであるらしい。具体的な理由を述べるなら、パリは水の硬度が高く(パリ市街では硬度200以上~300mg/l)、味わいの成分に比べて、香りの成分が強く出る傾向があるようである。
思うにフランスの紅茶人たちは、ちゃんと紅茶を紅色で出したいらしい。そうすると蒸らし時間は短く、おのずと薫り高く、味は軽い紅茶が出来上がる。同じ硬水のロンドンでは、長時間蒸らして、珈琲のような色の紅茶にミルクをたっぷりと入れるのとは違う。そう、パリのそれは、紅茶ならぬ香茶である。しかして、フランスの紅茶は、最近では紅茶そのものにフレーバーが強いものが多いようである。
フランスでは(フランス人は)水にもこだわりがある。硬度が高くとも水の美味しさに自信があるのだろう、エビアン、ヴィッテル、ボルヴィック、コントレックスなど日本人でも知っているミネラルウォーターは、皆フランス産である。パリではウォーターバーなる店舗も見かける。ボルヴィックは硬度60mg/lと日本の軟水に近い硬度であり三つ星の常連、パリのタイユバンは、この硬度の水が最も美味しいと選ばれてメニューに載せられているという。とはいえ、パリ風の紅茶を楽しむのであれば、硬水で楽しむのが気分である。
そもそも以前はフランスで紅茶というのもイメージが湧かなかったのであるが、日本では百貨店を中心に高級パティスリーやブーランジェなどが続々と入ってきており、フランスのスイーツとしっかりした紅茶を合わせて楽しめていたわけで、遅れて、やはり百貨店のプロモーションが功を奏したか、「マリアージュフレール」をはじめとするフランスのブランドが来て、今や日本で高級紅茶といえば、フランスブランドという図式が出来あがってしまっているようである。
調べてみると、フランスの老舗紅茶ブランドはイギリスのそれと並ぶくらいの歴史を持つ。パリの2大ブランド、マリアージュフレールは、1825年、ダマンフレールの始まりは公式には1692年(フランス国内の紅茶の独占販売権を得た年。現在の会社は1925年から)となっているから、なんと大英帝国の雄トワイニングの1706年と同じくらい歴史があることになる。
マリアージュフレールは日本でも展開されているので、誰でも知っているブランドになったが、本店を訪ねると、世界中の茶葉を取り扱っている問屋タイプのお店であることがわかる。観光客とおぼしき客で古い味わいのある店内はいつも賑わっている。商品こそ日本と変わらずかわいいデザインの物がきれいに並べられているが、アンティークな店内では、その歴史を感じる。2階はMUSEEと称し、古いティーウエアーが所狭しと、ガラス棚に詰め込まれていて、無料で見学できる。決してきれいに陳列されているわけではないし、埃が舞っているような薄暗いスペースであるが、ちょっとしたタイムマシーン気分を味わえる。東京のお店を知っている人にとっては、ちょっと想像がつかないお店であろう。
実はパリではどちらかというとダマンフレールの方が知られているブランドで業務系を中心に(誰も知っているような有名な)レストラン、ホテル、高級惣菜店などに紅茶を卸している。数多くの商品を展開しているが、ブレンド中心の紅茶を展開している。もう数年経つが、パリ最古の広場、ボージュ広場に構えた本店はマリアージュフレールとは対称的にモダンでシックなブティックであり、カフェスペースはないのだが、店内に充満するアロマで訪れるだけで癒される。いずれ日本でも展開するのだろう。
言うまでなくフランスはブランドビジネスが本当に上手だ。ファッションは当然ながら、カバン、時計、フレグランス等々。ついつい我々もパリに行こうものなら、この機会にシャツでも買おうか、カバンを買おうか、観光そっちのけで物欲がマックスになるものだから、弱いものである。
フランスのブランドといえば、ファッションばかりではない、農産物を加工してブランド化することにも長けている。ワイン、ブランデー、リキュール等、世界でここでしか生産できないものを生み出し、長い年月かけて世界で確たる地位、ブランドの世界を構築した。農業大国でありながら、ブランド化により、無二の価値、不変の価値を付加し、世界中から求められる商品を作り上げた。ここに至るセンスもさることながら、美味しいものに対する情熱と強い意志に感銘を受ける。この商品にかける思いを我々も同様に持ち続けたいと思わせてくれる街、パリである。