旅と紅茶

どこかを旅するとき、カフェがあるとなぜかほっとするもの。旅先で疲れた体を休めるように、座って窓の外を見ながら一息つく。そんなときの友は珈琲が一般的かもしれないが、紅茶も各地の味があって良いものである。実は世界でいちばん飲まれている飲料は紅茶であることはあまり知られていない。紅茶の飲み方は、地域によって様々であるが、その地域地域で出会った紅茶を旅とともに愉しむ。そんな旅と紅茶にまつわる話をお伝えしていきます。

フィーユ・ブルーディレクター:Y.WATABE

第1回 ロンドンの水と紅茶の美味しい関係

紅茶といえばイギリス、イギリスといえば紅茶であろう。イギリスの紅茶は、やはりおいしいというのが定説であるが、同時に飯がまずいのも定説だ。近年ではロンドンを中心にスターシェフの活躍で美味なるレストランも増えてきたが、いまだにおいしくない店も当然あるわけで、どこでも躊躇せず入れるかと思うと、どうもそういうわけにもいかない。ロンドンの料理はなぜおいしくないのか?ということについては、諸説あるようである。その中で有力なのは、イギリス人は元来質素を重んじる気質であり、料理に時間とお金をかけるのは無駄であるという考えから、料理の味を気にしなくなったといわれている。また、産業革命の影響もあり、労働力の都市部への集中から多くの種類の野菜が採ることが難しくなり、また、若者はこぞって都市を目指したことから伝統料理が作られなくなってしまった。その結果、家庭を彩ったイギリスの伝統的な料理が衰退し、質素倹約を地で行くような料理が増えてしまったとのことらしい。

私が初めてロンドンに舞い降りたのはかれこれ30年程前になるけど、当時はマクドナルドなどもなく、ロンドンの食事の洗礼を大いに浴びたものである。このままでは餓死してしまうとばかりに観光そっちのけで、おいしいお店を探すのに時間を割いたものだった。その後も数年置きに行ってはいる私が、おいしいレストランを見つけられるようになったのは、ここ数年になってからだ。ただし、伝統のローストビーフやフィッシュ&チップスなどはいつ行ってもおいしいと思ったし、かたやケンタッキーフライドチキンなどチェーン店なら大丈夫かと思いきや、これが、「なぜチキンにこの味付けをあえてする?」と思うほどのすさまじい味だったりするのだ。

現地の知人には「実はインド料理がおいしいよ」と聞かせられたことがある。なんでも、かつてインドは植民地だったおかげで、お茶でもスパイスでも本場のものが流通し、インドから移民したインド人も多いのだとか。料理にスパイスを使われているだけあって、塩、コショウもまともに使われないイギリス料理よりよほどおいしいらしい。日本のカレー料理もインドから直接来たわけでなく、明治時代ころ、イギリスの料理として伝わったのだとか。なるほど、最近になってようやくインド料理店に行く機会を得たのだが、確かに美味しい。伺ったレストランでは、カレーというより肉や野菜にスパイスが上手に使われ、けっして素材の味を邪魔するものではなかった。スパイスというのは食欲をそそる匂いが辺りを包み込むと同時に、素材のウィークを見事に消し去ってくれた。

そんな中、今も昔も間違いなくおいしさを保っているのが、アフタヌーンティーやクリームティーと呼ばれる、紅茶とスイーツのセットである。今やSAVOYやBrownsなどの有名ホテルのアフタヌーンティーは、観光地化してしまっているのが現状であるが、貴族発祥のケーキスタンドに盛られたサンドイッチやケーキなどのフィンガーフードを見ただけであがるものである。実際、ロンドン観光にきて楽しみたいもののランキングがあれば、上位は紅茶なのであろう。またおいしいものが少ないロンドンにあって、ロイヤルバレエやミュージカル、大英博物館のようなミュージアムを中心とした観光を楽しむなら、こうしたアフタヌーンティーを食事かわりにしておけば間違いない。

そして、イギリスで飲む紅茶は、やはり一味違う。もちろん茶葉によって違うものであるが、総じてコクのあるまったりとした味わいが楽しめる、ミルクティーにしたい味わいのものが多い。色も比較的濃く、紅茶よりブラックティーというほうがしっくりくる名前だ。この紅茶はスコーンやビスケットなどの焼き菓子と相性が良い。東京ではスコーンなど口の中がモゴモゴしてしまって食べにくい印象でしかないこれらの食べ物ものも、イギリスの紅茶があるといくらでも食べられてしまうから不思議だ。ロンドンにも小さなティールームが数多くあるが、こういうところでは、クリームティーがメニューの主役になる。大きなティーポットにたっぷりの紅茶、大きめのスコーンにクロテッドクリーム、そこにジャムが加わるセットである。

実はイギリスに来るまでこんなセット、日本では見たことがなかった。しかも当社のティーブレンダー熊崎君に連れてこられ、「これがイギリスの人々が楽しんでいるスタンダードな紅茶のセットですよ。」と言われて食したのが最初のことだった。クロテッドクリームは、最近は日本でも見かけることが多くなった、乳脂肪分の高い牛乳から作られた、さっぱりとしてそれでいてクリーミーな味わいのバターのようなクリームである。これは口の中でパサついて、あばれてしまう焼き菓子をひとつの味わいとして口の中でまとめてくれるだけでなく、小麦やバターの味のおいしさを際立たせてくれる。それを紅茶で流し込むと実においしく、口をニュートラルに戻してくれる。このために紅茶があったのかと思えるほどである。このセットを最初から知っていれば、ロンドンの食事で悩むことなかったなんて思ったものである。

さて、話は戻るが、私はイギリスの料理がおいしくない理由の一つに水の問題が大きいのではないかと実は思っている。紅茶にとってはイギリスの水は魔法の水である。一般に紅茶のウィークポイントとして、入れ方の難しさにより、失敗したときの渋いとか苦いとかいった味になってしまうということがよく言われることであるが、ことイギリスの水を使用している限りにおいてそのようなことはない。ティールームでもどこでも、紅茶の茶葉は入れっ放しでティーポットを出してくる。ポットに茶葉を入れ、お湯を注いでテーブルまで持ってくるだけである。砂時計などもない。カップに注いで、ただ飲むだけある。それなのにおいしい。渋くもないし、にがくもない。不思議とバランスよく風味が出ている。イギリスの水は硬水である。旅行のガイドブックなどでは、水道の水を飲まないようにとよく書いてあることが多い。慣れない人が硬水を多く飲むとおなかを下しやすいからである。しかし、ミネラルがたっぷり入っているこの水のおかげで、紅茶の成分が出過ぎることがなく、おいしい成分だけ抽出してくれるのである。しかし、料理で使うとなると、これは一筋縄ではいかない。何しろ成分が出にくいから、肉にしろ、野菜にしろ、出汁をとると言う発想が難しい。また、高いミネラル含有量から独特の味を持っていてこれまた、料理に影響してしまう。日本の出汁を基本にした料理や、フランス料理のソースを使ったような料理を作ろうとすると難しいのだ。

逆に日本の水はどうだろう。国土の80%とも言われる山間部から生み出される新鮮な水は世界でも有数なおいしさだが、都市部まで距離が短いため、硬度が低い、軟水と呼ばれる水である。軟水は日本料理の出汁に代表されるように成分が出やすい水であり、風味に癖もない。日本の水で紅茶を出す場合は、一気に成分が出てしまうため、抽出時間やおいしい成分だけを抽出するテクニックが必要になってくる。イギリスの水用に作られたブレンドを日本の水で入れると渋くなったり、香りがきつすぎたりといったことが起こるのはこのためである。

イギリスの紅茶は茶葉以外にミネラルもブレンドして飲んでいるような味である。
かたや、日本の水は茶葉が持っている味を再現でき、さらに水そのものもおいしいため、マイルドな味にできるポテンシャルを持っている。とまあ、とりとめもなく考えながら紅茶を飲み、次のイギリス行きを想像していたのだが、最近行ったロンドンはやはりグローバル化のあおりをすっかり変化したイギリスの嗜好を目の当たりにしてしまったので、いずれ続きをお伝えしたいと思う。